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アロハ! ハワイ在住のライター、酒井美奈です。今回の「ハワイ便り」は、オアフ島のモアナルア・ガーデンからお届けします。

ハワイはいろいろな民族が共存し、独特の多民族カルチャーを作っています。その背景にあるのは、19世紀半ばに始まった移住者の歴史であり、モアナルア・ガーデンにもその影響がみられます。

1884年にハワイ王家の所有地を譲り受けたサミュエル・デーモンによって、公共の公園として開放されたモアナルア・ガーデン。彼は「多民族との融合と共存共栄をめざす」という王家の意思を強く受け継ぎ、ここを広く誰からも愛される場所にしたいと考えました。

ハワイ王国が労働力を求めて外国から移住者の受け入れを始めた時、最初に海を渡り、農場で働き始めたのは中国からの移住者でした。そこでデーモン氏は、公園内に中国様式の建物”チャイニーズ・ホール”を建設しました。中国から職人たちを呼び寄せて建設したこの建物では、完成後にデーモン家のパーティーが頻繁に行われましたが、デーモン氏は招待客たちが訪れやすいようオアフ鉄道会社*にわざわざモアナルア駅を造らせたといわれています。

日本からの移住者も次第に増え、1900年代前半には約20万人になっていました。するとデーモン氏は日本から職人を呼び寄せ、茶室と鯉の池がある日本風の庭園を造らせたのです。その茶室は現在、ギフトショップとして残されており、池にはたくさんの鯉が泳いでいます。

一方でデーモン氏は、ハワイ文化の継承にも力を注いでいました。鯉の泳ぐ池の隣には古代からハワイアンの主食とされてきたタロイモの水田が残されています。現在はサミュエル・デーモンのひ孫にあたるジョン・デーモン氏がモアナルア・ガーデンを所有し、これらの建築物やコテージの維持・管理などをしています。

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オアフ鉄道会社:1888年から1947年の間、ホノルルからカフクまで約20kmが運行していた。